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2010年2月 5日 (金)

垂直の記憶

/山野井 泰史/  『岩と雪の7章』

クライマー山野井泰史自身が書いた、ヒマラヤの高峰にアルパイン・スタイルで登山することにこだわり、12年間に18回挑戦し続けた、その体験記である。

そしてこれは、凍傷で5本の手の指と右足全部の指を失い、トップレベルのクライマーとしての能力をなくしてから書いた本である。
事件は2002年に起きた。
彼がギャチュン・カン北壁に妻とともに挑戦し、九死に一生を得ることはできたが、代償として10本の指を失ったのだ。
その経緯は、沢木耕太郎のルポ『』に詳しい。

『はじめに』に、こう書いてある。
『今、僕は悪戦苦闘している。まるで小さな子どもが、初めて山や岩登りを知ったときのようだ。歩くスピードも遅く、岩を握る力もない。小学五年生のときから山に登り始めたが、あの当時よりも悲しいくらい登れない。』

それでも著者は山に、崖に、挑戦を続ける。
その不屈の精神、好きなものにとり憑かれた頑迷なところは、今の日本人にめったに見られない生き方であり、読者は新鮮な感動を覚える。

18回のうちから7回の挑戦を選び、それぞれの登山に対するこだわりや感動が書かれている。
少人数、軽装備のアルパイン・スタイルでなければいけない理由もよくわかる。
しかし私が最もおもしろかったのは、本文の間に挿入された6つの『コラム』である。

山登りで心配をかけ、山登りで親孝行__両親

クヌギの木と柿の木__結婚

束縛されない時間と空間__生活

バラエティに富んだ人生のスパイス__仲間

山で死んでも許される登山家__死

理想のクライマー__夢

それぞれに彼の独特な生き様が語られ、なぜ彼の『今』があるのかを説明してくれる。
彼の『今』の様子は、DVD『白夜の大岸壁に挑む』などでよくわかるが、このコラムは一段と彼を身近に感じさせてくれる。
私とはまるで全く違う人間だけれど、とてもよく理解できる。

たとえば、こんな一文がある。
『僕は、空気や水のように重要で、サメが泳いでいなけれは生命を維持できないように、登っていなければ生きていけないのである。』

そして『あとがき』から。
『誰もが夢中になれることに出会えるとは限りませんし、それを追求できない生活環境の人もいると思います。僕はもしかしたら、とても恵まれているかもしれません。小さいときに登ることに出会え、心の底から幸せな人間だと思っています。これからも夢を大切にして憧れを持ちつつ、登りつづけていきたいと思います。』

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ありがとうございました!



知らない間に絶版になっていました。がっかり。
山野井さんの著書を買うことで、寄付よりもずっとスッキリした形で活動を応援できると思っていたのに。
山野井さんに関してはこの他に、DVDやNHK取材班の本などもあります。

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