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2010年2月28日 (日)

ドクター・ヘリオットの素晴らしい人生 上・下

/ジム・ワイト/

獣医のヘリオット先生は、サースクに実在の獣医アルフレッド・ワイト(以下アルフ)が1970年代に50歳を過ぎてから書き、ベストセラーになった一連の本の主人公だ。
ヘリオット先生奮戦記 上・下

ヘリオット先生・シリーズは、ダロビーの村を舞台に、診療を頼みに来るさまざまな依頼人や動物たち、診療所の風変わりなパートナー、妻や子どもたちとの交流を短い章で描いたものである。
素晴らしい自然と、人々や動物たちの思いやりと愛情がユーモアがこめて描かれていて、楽しい読み物だ。

本の中では、モデルになった人の性別や名前を変え、村の名前もダロビーにしてあるが、アルフレッド・ワイトとその診療所はすぐにマスコミの知るところとなり、ファンが押しかけた。
アルフは、ベストセラー作家になってもそのライフ・スタイルを変えず、(めちゃくちゃ税率が高い当時のイギリスに住んでいたにもかかわらず)住所も変えず、65歳になるまで診療に携わっていた。

本書は、その息子で獣医の著者が書いた最初で最後の本で、『もし伝記を書くならば、それはおまえに書いて欲しい。おまえならきっと真実を書いてくれるだろうから。』と生前の父親に頼まれために書いた、とある。
そのため、この本の原題は『真実のジェイムズ・ヘリオット(The Real James Heriot: A Memorir of my Father)』である。

アルフの伝記は他にもあるが、たとえばジャーナリストのグレアム・ロードは『ジェイムズ・ヘリオット――田舎獣医の生活』(1997)を出している。
ジム・ワイトはその著書の下巻290ページで、グレアム・ロードの本について触れている。
それは、アルフが有名になってから、若い頃苦労をともにし、互いに助け合ってきた旧友、エディと不仲になってしまった原因についてだ。
ジム・ワイト自身、駆け出しの頃エディの診療所で働き、両者の関係を熟知している仲だ。
グレアムの本に書かれているエディの主張に対し、アルフの立場からの見方が描かれている。
何を根拠に論じるかで、これほど描かれ方が変わってしまうという、伝記の怖さが明確になる一例だ。

しかし、この本が書かれたのは、アルフの立場を擁護するためではない。
アルフをより正確に知ってもらうために、親族ならではの豊富な資料を駆使し、アルフのパートナーとして長年やってきた経験を生かした著者にしか描けない紹介なのだ。
多数の写真や手紙からの引用、そして発表されなかったいくつかの作品の紹介など、ヘリオット・ファンが楽しみながら、アルフという人柄とその人生をより深く知ることができる手掛かりとして、価値があるのだ。

人生に対し真面目に取り組んだ、ひとりの獣医のいきざまがそこに描かれている。
ヘリオット先生の物語は、温かみとユーモアがあって楽しい。
それを紡ぎだした男の人生も同じだけ温かみとユーモアがつまっているうえに、現実の話として説得力がある。

モデルになったパートナーの弟のほうトリスタン(本名ブライアン)は、本の成功に有頂天で、手放しで絶賛してくれた。
しかしアルフのパートナー、シーグフリート(本名ドナルド)は、本の内容が好きでなかった。
彼がとった態度は、本の出版を無視するという方法であった。
ところが本がどんどん有名になり、ついには映画化されるに及んで、人物の描かれ方が気に入らないという理由でドナルドはアルフを訴えることにした。
これほどアルフを落ち込ませたことはない。
著者のジムは激怒する。

 「僕ならシーグフリード・ファーノンとして世間に知られてもなんとも思わないけどね」と私は言った。「あんなに寛大で心温かい人間として描かれてるわけだし、面白くて魅力的な男として登場しているんだもの。訴訟だなんて、なにをするかわからないドナルドらしいね。それはいかにもドナルドがやりそうなことだと、だれもがそう思うよ」

しかしアルフは、本当にドナルドをよく理解していた。
ドナルドは自分が変わっていると、まったく思っていないのだ。
そこで、本によって馬鹿にされたと感じたのだ。
彼の次の言葉がそれをあらわしている。

 父は片手を挙げて私を制した。「まあ、落ち着きなさい、ジム。これについては前から考えていたんだ。ドナルドはなぜあれほどに比類のない人物なのだと思う?それは、自分が比類のない人物であることに彼が気づいていないからなんだよ! ほかのだれもが彼の常軌を逸したふるまいを見て、面白い人だと思い、笑うわけだが、彼は自分がエキセントリックだとまったく思っていないというところが問題なんだ。たぶん彼は私に笑いものにされたと思っているのかもしれないし、それで腹をたてるのは無理もないと思う。ドナルドがどんなひとかはおまえも知っているだろう。風向きが変われば、彼の気も変わると思うよ。いまの嵐もいずれは治まるはずだから、彼にはなにも言わないでくれ。いいね?」


アルフの本がアメリカで大成功をおさめた1976年は、イギリスで労働党が政権をとり、『金持ちが音をあげるまで締めつける』政策によってアルフに83パーセントの税率を課した年であった。
しかしアルフはあくまでもヨークシャー地方に住むことにこだわり、他の作家のように外国や免税の地ジャージー(イギリス海峡のチャンネル諸島最大の島)に移住することはせず、高額の税金を払い続けた。

『 会計士のひとりが自暴自棄気味にアルフに次のように助言したことがあった――「この国でまだ生活をしている大ベストセラー作家はふたりしかいません。先生とジャック・ヒギンズです。ジャック・ヒギンズに電話して、この問題にどう取り組んでいるかをお聞きになってはいかがでしょうか?」
 ジャック・ヒギンズは小説『鷲は舞い降りた』で大成功をおさめていた。彼がサウス・ヨークシャーのどこかに住んでいるという情報がアルフの記憶のどこかに残っていた。アルフはなんとか彼の住所を突き止めたが、電話をかけても、短い録音メッセージが返ってきただけだった。そのメッセージによれば、なんと、ヒギンズ氏は目下ジャージー島に住んでいるということだった。彼もまた内国税収入庁を打ち負かすことはできなかったのだ。』

目立つことは好きでなかったアルフは、晩年さらに田舎に引っ越しをして、家族や友人を大切にし、犬の散歩を何よりの楽しみにして、ひっそりと暮らした。
本当に素晴らしい人生だったのだと思う。
だからこそ、あのように魅力的な作品を生み出すことができ、私たちを楽しませてくれたのだ。

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と 

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コメント

 これも気になりながら、結局買わずじまいだった本です。
 力のこもった、よい備忘録ですね。これを読んだら、だれも本屋に走りそう。
 私も・・・・ブックオフに走ります。ブックオフ**店の105円コーナーに置いてあったはず。(^^)

投稿: 風紋 | 2010年2月28日 (日) 09時10分

おほめいただき、ありがとうございます。
ぜひブックオフを探してみてください。
息子の方がやはり文章は硬いですが、父親と同じ路線の笑いと温かさを持っています。
今私はヘリオット先生シリーズを、通勤電車の中で少しずつ読み返しているところです。

投稿: 趣味の本屋 | 2010年2月28日 (日) 21時44分

20数年前獣医系大学に通学していた際、車内で「ヘリオット先生奮戦記」を読みながら将来の自分と照らしあわせていました。ファーノン先生がブレーキの効かない車を運転したエピソードなどは涙を流して一人爆笑してしまいました。最近、通勤(結局サラリーマンとなりました)で同じ箇所を読んだら、再度爆笑してしまいました。一度はサークスに行ってみたいと日々思っています。

投稿: モーくん | 2014年4月23日 (水) 12時48分

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