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2011年6月11日 (土)

An Echo in the Bone 骨の中のこだま28 湾の牡鹿3

『いったい何が・・・』
ロジャーは本を脇に置き、立ち上がって家の裏手に出た。
あやういところで、ウィンドブレーカーとジーンズを着たジェムの小さい姿が(学校へジーンズで行ってはいけなかった)、牧草地を横切っていくのが見えた。

ジェムのスピードについていくのは難しかったが、そのかわりにロジャーはペースを落として、距離を置いて後をつけた。
明らかに、ジェムは病気ではなかった。
おそらく、何か劇的なことが学校であったのだろう。
学校側がジェムを家に帰したのか、それとも勝手に帰ってきてしまったのだろうか?
まだ誰からも電話はなかったが、昼食時間を過ぎたばかりなので、ジェムが逃げ出してきたのなら、いなくなったことに気付かれていないのかもしれない。
学校からは歩いてほぼ2マイルの道のりで、そんな距離はジェムにとっては何でもない。
ジェムは野原をさえぎっている石垣に着き、それを飛び越え、さらに羊でいっぱいの牧草地を、方向を見定めて横切って行った。
どこへ向かっているのだろうか?
『それに、なぜ今それをやらなきゃならないんだ?』とロジャーは独り言をいった。

ジェムはまだ、ブロッホ・モルダ村立学校に数か月しか通っていなかった。
これが彼にとって、20世紀の学校生活の最初の経験なのだ。

こちらに帰ってきてから、ブリアナがマンディを死から救った手術の後回復するまで共に過ごす間、ロジャーはボストンで彼の個人教授をした。
マンディが元気になって家に帰れるようになって、一家は次にどうするべきか決めなければならなくなった。
ボストンではなく、スコットランドへ行こうと決めたのは、主にジェムだった。
ブリアナも、そう思ってはいた。
『スコットランドは、こどもたちのの遺産なのよ。』と彼女は言った。
『いずれにせよ、ジェムにも、マンディにも、両親のどちらもがスコットランド人なのよ。彼らにそれを残してあげたいのよ。』
そして言うまでもなく、祖父とのつながりだ。

ロジャーも議論したが、ジェムがスコットランドではあまり目立たないだろうと認めた。
テレビとアメリカ合衆国での数か月の生活にも関わらず、ジェムはいまだに強いスコットランド訛りで話すので、ボストンの小学校では目立つに違いないからだ。
おまけに、訛りがなくても、ジェムは人の注意を惹きつけるタイプの人物なのだということを、ロジャーは個人的に感じていた。

さらに、ラリーブロッホの生活やハイランドの小さい学校で過ごすことは、ジェムがノースカロライナで親しんできたものとかなり近いものだということには、疑いもなかった。
子供たちが天然に持っている柔軟性を考慮しても、直面したものに対して、ジェムがたいへんうまく順応してきたとロジャーは感じていた。
自分自身がスコットランドでどのような見通しがあるかといえば・・・それについては、沈黙を守るべきだろう。

ジェムは、牧草地の端に着き、道路へ出る門の前で邪魔をしていた一群の羊を追い払った。一頭の黒い雄羊が頭を下げてジェムを脅したが、ジェムは羊に邪魔はされなかった。
叫んで、持っていた袋を振り回すと、雄羊は驚き、素早く後ろに下がって、ロジャーを微笑ませた。



おーい、ジェム君、どこ行くの?
今回は、ジェムの悩みについてです。
おじいちゃん(ジェイミー)似のジェムに、学校でいったい何がおきたのでしょうか?
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ジェムの賢さについて、心配したことはなかった。
いや、心配はしていたが、それは、賢さが欠けているからではなかった。
賢さゆえに巻き込まれるトラブルについて、心配していたのだ。
学校という所は、誰にとっても単純なわけではない。
ましてや、新しい学校だ。
誰だって、どんな理由でも、学校で孤立してしまうことはある。
ロジャーは、自分自身がインヴァネスでどうだったかを忘れられなかった。
彼には、本当の両親がいなかったし、牧師に養子にしてもらった子だったのだ。
つつかれたり、からかわれたり、弁当を盗られたりするみじめな数週間を過ごした後、ロジャーは反撃をすることにした。
今度はそれが先生方とやっかいなことにはなったが、結局そのおかげで問題を解決できたのだ。

ジェムは、けんかをしたのだろうか?
ロジャーは、血痕を見てはいないが、十分に近寄って見たわけではない。
しかし、けんかだとしたら、驚きだ。
1週間前に、ある事件が起きた。
学校の建物の土台の下の穴に、大きなドブネズミがもぐりこんでいくのを、ジェムが発見したのだ。
翌日ジェムは、つる草を少々持ってきて、1時間目が始まる前にわなを仕掛け、休憩時間に獲物を回収しに外へ出て、男性クラスメートの賞賛と女性クラスメートの恐怖の注目の中で、冷静に獲物の皮をはぎとり始めたのだ。
担任の先生もまた、喜んではくれなかった。
ミス・グレンデニング先生は、アバディーンから来た街の女性だったからだ。
しかし、ここはハイランドの村の学校だったし、ほとんどの生徒が近くの農場や耕作地から通ってきていた。彼らの父親は、魚釣りもしたし、狩りもした。おそらく彼らは、ネズミについてわかってくれただろう。
校長先生は、ジェムを賢かったと褒めてはくれたが、学校ではもうやってはいけないと言った。でも、ジェムが皮を持っていていいと言った。
ジェムはその皮を、おまじないとして道具小屋の扉に釘付けした。

ジェムは、牧草地の門をわざわざ開けはしなかった。
袋を引きずりながら、横木の間をかいくぐっていったのだ。
ジェムは、ヒッチハイクのためにメイン・ロードへ行こうとしているのだろうか?
ロジャーは、黒い羊の落とし物を避け、草を食んでいる雌羊の群れを膝で押しのけながら、少し速度を上げた。雌羊は道を明けながらも、怒って『べーぇ!』と鋭く声をあげた。

いや、ジェムは別の方向へ向かっている。
一体全体どこへ行くのか?
メイン・ロードへ向かう小道は、反対方向ではどこへもつながっていなかった。
それは、急で岩だらけの丘陵地帯へ消え失せていた。
そしてそれこそが、ジェムの向かっている所だった。丘へ。
ジェムは小道を外れ、登りはじめた。
彼の小さい姿は、下の斜面に生えている豊かなワラビの茂みとナナカマドの垂れ下がった枝で、ほとんど見えなかった。
明らかにジェムは、ハイランドの無法者がやっていたように、ヒースの原を目指していた。

ハイランドの無法者という連想から、意味が明らかになった。
ジェムはダンボンネットの洞窟を目指しているのだ。

ジェイミー・フレイザーは、カロデンの大虐殺の後、ダンボンネットの洞窟で7年間を過ごした。そこは視界に家が入っていたが、カンバーランドの兵士たちからは隠れた所だった。そして小作人たちによって守られていたのだ。小作人たちは彼の名前を声を出して言わず、代わりにジェイミーが火のように赤い髪を隠すためにかぶっていた編み帽子の色にちなんで、『ダンボンネット』と呼んでいたのだ。

まさにそれと同じ髪が、斜面を半分ほど登ったところで灯台のように輝き、岩の後ろに隠れた。
髪が赤かろうと、そうでなかろうと、岩だらけの景色では簡単に見失ってしまうと気づき、ロジャーは歩幅を広げた。声を出して呼ぶべきなのか?
洞穴がどこにあるのかは、おおよそわかっていた。
ブリアナが場所を説明してくれたのだ。
しかし、自分でそこへ行ったことはなかった。
どうしてジェムがその場所を知っているのだろうか、そいう疑問がわいた。
たぶん、知らないのだろう。
そして、それを探しているのだろう。

しかしロジャーは、呼び声をあげなかった。
そして、自分でも斜面を登りはじめた。
近くまでいくと、茂みを通っている鹿の狭い通り道や、泥の中についた小さな捕食者のつけた痕などを見ることができた。
ロジャーはそれを見て少し安心し、ペースを緩めた。
これなら、ジェムを見失いはしないだろう。

丘の斜面は静かだったが、空気は動いていて、柳の木をゆらしていた。
ヒースは、彼の上の方にそびえたつ岩の隙間で、深い紫色の霞となって花咲いていた。
ロジャーは、風の中に何かのぴりっとする臭いを感じ、不思議に思って振り向いた。
何か別の赤いものが、ひらめいた。
一頭の牡鹿だ。
枝角が大きく広がり、発情期の臭いを出して、斜面の下の方、彼から10歩ほど離れた所にいた。ロジャーは凍りついたが、鹿の頭が持ち上がり、広がった黒い鼻づらが空気の臭いを嗅いだ。

ロジャーは突然、自分の手がベルトに押し付けられているのに気付いた。
そこにはかつて、彼が皮はぎ用のナイフを持ち歩いていたのだ。
筋肉は緊張し、ハンターが打ち倒すやいなや、駆け下りて行って鹿ののどをかき切る準備ができていた。
彼には、ごわごわした毛皮の感触だけでなく、気管のポンという音、暖かい血が吹き出し、彼の手を濡らすこと、鹿の最後の食事である緑色のどろどろにまみれた長い黄色い歯がむき出しになることの、全部を感じることができた。

牡鹿は、吠えた。
のどの奥から出る、よく響く咆哮で、聞こえる範囲内にいるあらゆる牡鹿に対する挑戦だった。
一呼吸する間、ロジャーはイアンの矢が鹿の背後のナナカマドから飛び出してくるか、ジェイミーのライフルが空気をつんざいて鳴り響くかを期待した。
それからロジャーは自分自身の体に戻り、かがんで鹿に投げるために石をひとつ拾ったが、鹿はそれを聞いて乾いたワラビの中へ、パシッという音とともに駆け込んでいった。

ロジャーは、自分の汗のにおいをかぎながら、違和感を覚えながら静かに立っていた。
しかし、ここはノースカロライナの山岳地方ではないし、ポケットの中のナイフはつる草を切ったり、ビールの瓶を開けるのに使うのだ。
ロジャーの心臓は、どきどきしていた。
しかし彼は、小道に戻り、自分自身の時間と場所を調整しようと四苦八苦していた。
練習すれば、もっと簡単になるだろう。
1年以上も前に、うまく戻れたじゃないか。
それでも、ときどき夜中に目覚めて、どこにいるのか、いつなのか、わからないことがある。
いやもっと悪いことに、起きているときに、何らかの瞬間的なタイムトンネルに踏み込んでしまうことがある。

子供たちは、子供たちだから、生きていることの感覚にそれほど苦しんでいるようにはみえない。もちろんマンディは、何かを覚えているには小さすぎたし、あまりに具合が悪かった。ジェムは覚えていた。でもジェムは・・・
オクラコークのストーンサークルを抜けて出てきてから30分後に、路上を走る自動車を一目見て、釘付けになり、車が脇を走る過ぎるなり、大きな笑みがその顔いっぱいに広がった。
『ブルームだ!』と彼は満足げに独り言を言い、別れとか、時間旅行のトラウマは、忘れ去られていた。(ロジャー自身は、ほとんど歩くこともできなかった。何か大きな部分を置き去りにし、石の間に自分自身の取り返しのつかない一部が囚われになっている感じがしていたのだ。)

それから、ある親切な運転手が車を止めてくれ、ボートが転覆したという彼らの作り話に同情をしてくれて、ジョー・アベナシー氏にコレクト・コールをかけるために、近くの村まで乗せていってくれたのだ。その電話で、当座のお金、衣服、部屋、食料などが解決した。
ジェムは、細い道をドライブする間、ロジャーの膝に座り、口を開けたまま窓の外を見つめていた。窓からは風が入ってきて、彼の柔らかく明るい髪の毛をかき乱していた。

ジェムは、それをもう一度やりたくてたまらなかった。
だからひとたびラリーブロッホに落ち着くや、ロジャーを急き立ててモリス・ミニに乗り、農場の小道をロジャーの膝に座って、小さい手でハンドルを握りしめて、おおはしゃぎでドライブしたのだった。

ロジャーは、苦笑をした。
今回ジェムが徒歩で逃亡しようと思ったのは、ラッキーだったのだ。
1、2年したら、ペダルに届くには十分な身長になっているだろう。
そろそろ車の鍵を隠し始めた方がよさそうだ。

ロジャーは、今や十分に農場の上まで登ってきたので、斜面を見下ろそうとペースを落とした。ブリアナは、洞窟が斜面の南側にあると言っていた。
一部の人から『樽のひとはね』と呼ばれる、大きな白っぽい丸い岩の上方約40フィート(120m)の所である。
丸岩がそう呼ばれているのは、あるダンボンネットの召使が、隠れている領主のためにエールを運んでいたところ、一群のイギリス軍の兵士に遭遇し、運んでいた樽を渡すのを断ったために、手を切り落とされ・・・

『おお、ジーザス』とロジャーはささやいた。『ファーガス。おお、神よ、ファーガス。』
たった今、笑っている繊細な作りの顔、失った左手の代わりに取り付けられたフックでぴちぴち跳ねる魚を捕まえた驚きで、ぱっちり見開いている、濃い色の目を見たのではないか?
それから、小さい、力を失った手が、血まみれになって彼の前にころがっている映像を。

なぜならば、それがここだったのだ。
まさに、この場所。
振り返って、ロジャーはその岩を見た。
大きく、荒削りで、沈黙を守り、恐怖と絶望を目撃しても無関心で・・・
突然輪投げのようにロジャーののどを捉えた、過去からの鷲づかみにも無関心で・・・

ロジャーは、のどを広げようとして、激しくせき込んだ。
そして、もう一頭の牡鹿が奇妙なしわがれた吠え声をあげるのを聞いた。
それは同じ斜面で、彼よりも上の方だったが、姿は見えなかった。
彼は小道をはずれ、岩に腹ばいになった。
僕は、牡鹿がライバルだと思うほど奇妙な音を出したとは思えないぞ。
いや、おそらくあいつは、さっき彼が見た牡鹿に挑戦するために、下ってきたのに違いない。
その通りだった。
一瞬後、一頭の大きな牡鹿が上の方から下りてきた。ヒースと岩の間を、ほとんど上品といえるくらい道を選びながらやってきた。それは、繊細な動物だった。
しかし繁殖期の緊張がみられ、分厚い毛の下にあばらが影をつくり、顔の肉はそげ、目は睡眠不足と欲望で、血走っていた。

牡鹿はロジャーを見た。
大きな頭が彼の方向にまわり、ぐるぐる回る血走った目が彼に焦点を結ぶのを見た。
しかし、牡鹿はロジャーを恐れてはいなかった。
おそらくその鹿の脳みそには、闘うことと、交尾すること以外の何も考える余地が無いようだ。牡鹿は首をロジャーの方に伸ばし、彼に向かって吠えた。
必死になっているために白目が見えた。

『わかったよ、メイト、君は彼女が欲しいんだろう、彼女の所へ行けよ。』
ロジャーは、ゆっくり後退したが、牡鹿は下げた枝角で脅かしながら、前に進んできた。
危ないと思い、ロジャーは両手を広げた。
そして、鹿に向かって手を振り回し、どなった。
ふつうは、そうすれば鹿は跳びはねて逃げてゆく。
しかし、繁殖期のアカシカは、ふつうではない。
そいつは角を低くし、彼に突進してきた。

ロジャーは脇へかわし、岩のふもとに平たくなった。
彼は、気の狂った鹿に踏まれないように、できるだけ岩の表面に固く体を押し付けた。
鹿は、彼から数メートルのところで止まり、ヒースの茂みを角で突き刺し、ふいごのように息をした。
そのとき、下の方から聞こえる挑戦者の騒音を聞き、頭をさっと上げた。

下の方からもう一回吠え声がし、別の鹿が現れて、小道を横切った。
ヒースの茂みを破壊し、蹄で石ころをけとばし、猛スピードで斜面を下っていく音が遠ざかって行った。

ロジャーはもがいて立ち上がった。
アドレナリンが水銀のように、彼の動脈を流れていた。
アカシカがこの辺りでさかんにケンカをしているのには、気付かなかった。
さもなければ、過去を思いながらぶらぶらして時を浪費するなど、やらなかったであろう。

今すぐ、ジェムを見つけなければ。
アカシカたちに出会ってしまう前に。

下の方で、2頭が吠える声とぶつかる音が聞こえた。
一群れのハーレムの支配権をめぐって、闘っているのだ。
しかし、今ロジャーが立っているところからは見えない。

『ジェム!』とロジャーは吠えた。
繁殖期の牡鹿のように聞こえようと、雄の象のようだろうと、気にならなかった。
『どこにいるんだ、ジェム?今、すぐに答えろ!』



湾の牡鹿 A Stag at Bay

『追い詰められたシカ』という意味で、
A stag at bay is a dangerous foe.という文では、『窮鼠猫を噛む。』という意味になる。



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