書籍・雑誌

2007年6月 3日 (日)

初回です。

とりあえず、記事を書いてみました。

送信して、画面が出たので、なんだかうれしくなった。

これまでの、『書評』を掘り返してみよう。

☆ この記事は、後で再掲します。
  1つの記事に、本は1つの方が整理しやすいことがわかったので。

「ソバ屋で憩う」悦楽の名店ガイド101

杉浦日向子とソ連編著

ソバ屋に行かなくたっていいのです。

寝転がって、この本をつらつらながめていると、「そんな時間の使い方って、いいなぁ。」と新たな贅沢を発見できるのです。


みんながあくせく背広でかけまわっている平日の午後にわざと年休をとり、ソバ屋の座敷でまったりと過ごす。

そばとのりをつまみに、気の合った仲間とばかな話をしながら、無為な時を送ってみると、人生観がちょっくら変わりますぞ。


この本に載っている店でなくてもいいのです。

あなたの街の名店を、この本の基準に従って探してみてはいかがでしょうか。



単なる蕎麦屋のガイドブックではなく、大人な時間の使い方に関する指南書と思ってお読みください。




 (今は絶版らしいので、続編の123店の方をお求めください。)




(これも絶版になってしまった・・・。

杉浦日向子は、若くして亡くなってしまった江戸研究家/漫画家です。

彼女の作品も、そのうち紹介したい。)

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「聡明な女は料理がうまい」

桐島洋子

  いわゆる料理の指南書とは異なる本です。

確かにおいしい料理の仕方の手がかりはたくさん盛り込まれています。

でも根本を流れるのは、既成の概念つまり、
「料理は女の仕事である」
「料理は女に押し付けられた家事労働である」
といったものを打ち砕き、料理の定義をし直そう、という信念であります。

料理とは、人間の能力の「大胆かつ柔軟な発想力」「冷静な判断力」等を発揮し、
その報酬として最後にはおいしいものにありつけるというものである。

料理とは、人生に欠かせないスパイスであり、娯楽なのであるということを伝え、みなさんに料理を楽しんでいただこうという考えなのであります。



ちなみに私は最近「ぬかづけ」を始めましたが、実に簡単かつおもしろく、またおいしくて健康的な労働であります。

長年民族が培ってきた文化であり、生活の知恵である、こういった料理の楽しみが、忙しさによって失われつつある現代を悲しみながら、この本を推薦し、みなさまの生活の中における料理の位置を高めたいと思います。

文春文庫 420円(今は絶版らしい)

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『消えた「最後の授業」』言葉・国家・教育

府川源一郎

 

あなたは「最後の授業」を読んだことがありますか?

そして、教科書に載っていたあの短編が、80年代を境に国内で出版されているあらゆる出版社の教科書から消えていることを知っていますか?

『感動的な小説だ。』と思って読んでいた私たちの世代の人なら、『どうして消えてしまったのだろう。』と、誰しもが疑問を持つことと思います。

どんな圧力が働いたのだろう・・・。

戦争に反対する人たちの圧力だろうか、それとも『被虐的』と日本の戦争責任を認めない人々による圧力だろうか・・・。


この本の帯に、こう書いてあります。

『かつての国民的教材「最後の授業」が86年を境に教科書から全く姿を消してしまった。一体何が起こったのか?』

これに私も興味をそそられて、この本を手に取り、扉などをながめているうちにさらにのめりこみ、研究室の貸し出し簿に記録して借り出してきました。



著者「府川源一郎(横浜教育大学教育学部助教授)」は、自分が小学生のときに教わったはずの「最後の授業」は全く記憶していません。

しかし、最初に小学校の教員として教材に使用したときに、生徒の一人から投げかけられた疑問が心にひっかかり、ずっとこの教材を研究してきたのです。



国語教育にまったく無縁の私でしたが、これを読んで俄然興味がわいてきました。

国語教育において、教科書に載っている教材は、どのような基準で選ばれているのか。

それを使って、私たちは生徒に何を学ばせようとしているのだろうか。


教材が小説の場合、小説というものは当然虚構の世界である。

まずそこに設定されている舞台を読み込んで自分のものとし、そうして得た新たな立場から世界を見つめなおすこと。

生徒達にその経験をさせることに、国語教育の意味があるのではないか。


そのような視点に立って、筆者はドーデの作者としての考え方のみならず、小説の舞台となったフランスのアルザス地方の歴史的、政治的背景を分析していきます。

さらに、この小説を教材として取り上げてきた戦前および戦後の日本の状況、そして国語教育会の教材に対する認識の発展へと、話は展開していくのです。



この短編自身の持つたいへん感傷的なタッチとうらはらに、その短編を扱ったこの本の作者は、実に客観的、そして分析的に日本の国語教育の歴史的変遷を見つめ、分析していきます。

そして「最後の授業」の短編としての価値を認めながらも、それが教科書の教材としては取り上げられなくなっていった経過を明確にしていくのです。


フィクションを題材にしたノンフィクションです。

「目からウロコ」。

そんな体験をしたいあなたは、ぜひ手にとっていただきたいです。

大修館書店 1992 定価2,060円(読んだときのデータ)

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